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玉川屋 トークショー「麻」

no.4

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また、「布(ぬの)」という字を書いたとき、昔は麻の織物のことをさしました。

絹や綿でなく、麻のことを「布」と呼んでいたのです。もっとも、当時はほとんど麻の織物しかないころなんですが。

布でも、太い糸や荒い糸で織った物は、太布や粗布と呼ばれていました、

それに比べて上等な布が上布と呼ばれたのです。

上布というのは、多湿の麻にとっての環境の良いところで織られていましたので

現在になって残っているような産地の麻はみんな上布と呼ばれているんです。

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先ほどお話した様に、人間の手で麻の繊維を裂いて繋いその細い糸を作ってゆくわけですが

一反分というと経糸だけでも13kmほども糸が必要ですので

50cm〜60cm の繊維をどれぐらいかかって繋ぐかというと、一冬、3ヶ月くらいかかるんです。

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最初、気力が充実しているときは頑張って細い糸を裂いて、最後はだんだん太くなってしまったというのでは

糸が太かったり細かったりして、生地に織り上げた時にゆがんでしまいますので

自分の指が覚えている細さで、最初から最後まで均等に糸を作ってゆかなければならない。

この作業が大変なんです。

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それから、湿度がいくら高くても糸は切れますので、

経糸(たていと)は織る時に特に引っ張る力がかかるので特殊な作り方をするのですけれども

高機(たかはた)に張って織ることは出来ないのです。

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高機というのは、「鶴の恩返し」の話しにでてくるような腰掛けてとんとんと織る機です。

高機は、手前と向こうのローラーで経糸を張っておいて、ローラーの間で緯糸(よこいと)を織り込んだ布は手前のローラーに巻き取って行くのです。

両方のローラーで常に引っ張って張力をかけてあるので、作業の途中で緯糸を通すために経糸を上げたり下げたりしたときに引っ張られて

高機だと麻の糸はすぐに切れてしまうのです。

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一方のいざり機は、向こう側のこれから織る経糸はローラーに巻いてありますが

手前にある織られた布は腰で支えているのです。

そして緯糸を通すために経糸を上げたり下げたりするときに自分の感覚でほんの少しだけ

腰を前後に動かしてやるのです。一回織るたびに少しづつ加減しながら1反織るのに約2万回です。

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全国の織物の中で、このいざり機を使って織っているのは

越後上布の文化財と結城紬の文化財です。

ちなみに結城紬は糸を紡ぐ時に糸をあまり撚らないようにして作っていますので

撚れば糸は強くなるのですが、あまり撚らないので糸は引っ張ると延びてきます。

ですから越後上布や結城紬はいざり機で織らなければならないんです。

結城はなぜ撚らないかというと、撚らないぶん布にしてから目がつまってきます。

着れば着るほど目がつまってきて、暖かく丈夫に着て行くことが出来るんです。

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越後上布もこうしていざり機で織っていって、織り進むスピードは柄にもよりますが

これはもっとも大変な部類に入りますが、一日3センチから4センチくらい、

これを織る世界は感覚の世界ですから、天気が良くなってきて乾燥してくると

織り子さんはもう織ろうとしません。朝、分かるんだそうです、

いざり機にかかっている糸が「今日は織ってくれ」とか「今日はいやだ」とか言っているのが。

ですからどんなに自分が織ろうと思っても、糸が自分に向かってきてくれなければ織らないと言います。

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こんなことで、糸を作るのに一冬かかって、織るのに一冬かかるので

どんなに急いでも2年半かかるんです。

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麻の糸の繋ぎ方は先ほどはなしましたが、他にも糸の作り方は色々あります。

よく糸を紡ぐ(つむぐ)と言いますが、綿にした状態から糸にして行く作業のことを紡ぐと言います。

で、ふわふわっとした綿から引っぱり出しながら糸を作りますので、出来てくる糸はどうしても太細のある糸になります。

これが紬糸です。

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あと、繭から作る糸。一匹の蚕が最後に自分の家を造るわけですが

最初から最後まで糸をはき続けますので基本的には繭は一本の糸で出来ています。

大体1200メートルから1500メートルになるそうですが、この糸が唾液で固まっておりますので

お湯で煮て糊気を落としてから、どこか一カ所を巻き取りの機械にかけてやるとまっすぐ一本の糸が出てくるわけです。

野麦峠などの映画に出てくるシーンですが、この作業を座繰る(ざぐる)と言います。

この座繰って出した一本の糸が生糸です。

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繭から一本座繰って取り出したものが生糸、繭を綿状にしてそこから引っぱり出してやったものが紬糸です。

それに対して、麻はさっき言いましたように繊維を繋いでゆきます。

この植物繊維を繋いで糸にして行くことを「績む(うむ)」と言います。紡績の績という字です。

同じ植物繊維を繋ぐにしても、越後上布は先ほどのように繊維同士を撚りあわせて繋ぎますが、

ちなみに芭蕉布は繊維同士を堅結びして結んで、余った端をハサミで切ってゆきます。

ですから本物の芭蕉布は、生地の途中によーく見ると必ず結び目が玉になって見えます。

話の脱線が続きましたが、そんな風に植物繊維を繋いでゆくことを績むと言います。

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さっきのいざり機の話にまた戻しますが、織り子さんは今ものすごく減少しています。

越後上布の着物にする着尺は、今年間40反くらいの数しかできてきません。

帯はもう少し数が出来ますが、年々減ってきています。

織り子さんになる方が少ないので、織り子になってみたいと思う方は越後の方へ来ていただければと思います。

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織り子さんになるには、100日間の研修を5年間続けて習うという研修があります。

冬の間しか出来ませんので、10月の20日頃から研修が始まり一冬の間続けていただき5年立つと

一応研修所の卒業という形になります。

そんなことで、研修はありますがなかなか続けて行かれる方は少ないんです。

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織物は、織るのが大変とよく言われますが、

結城紬や郡上紬、牛首紬、越後上布、宮古上布などは織ることは勿論ながら

その前の、糸を作る作業、柄のための絣を作る作業というのがもっと大変なところでもあるんです。

皆さんが見学会などで、よくご覧になるのは、この最後の織る工程だと思います。

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今まで上げてきているような織物に関しては、全体の1/3が織る工程、1/3が糸作り、

残り1/3が糸を機にかけるまでの間の作業です。

織ることをいくらしっかりやっても、糸作りの段階で手を抜くと良い品物は出来ません。

糸をしっかり作っておいた物は、織りの段階で少し手が抜かれてもある程度しっかりした品物が出来るんです。

元の糸がしっかりしていないとどんなに後から頑張っても良い品物にはならないんです。

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で、越後上布では、最初に糸を作る人とその後の作業をする人がうまくしないと

織る人がとっても後になって苦労する。だから分業がきかないんです。

前の人が信頼できる人でないと後で大変苦労するのでなかなか分業がきかない、

そして糸を作るにしても、織るにしても大変手間と日にちのかかる作業なんです。

口で言ってもなかなか分からないのでと一度その場をご覧いただくと、

「まだこんな作業をしている人たちがいるんだ」、そんな表情を皆さんされます。

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